どうも田中優勝(まさかつ)です。誰それ?
という方
プロフィールを。美容サロンの皆様の
リピート集客サポーターと名乗っております。
まあカンタンに言うと色々やってるサロンポスレジ営業マンです。
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今回は、ある「挑戦」について。
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場所は原宿。竹下口から徒歩わずか3分。
冒頭に書いた「60歳の美容師。」の挑戦だ。ここからは「社長」と表現させていただく。
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「今まで、会社のために、スタッフのために、お金を使ってきたつもり。でも、これからは、自分とお客様のために、美容師としてとことんやってみることにお金を使おうと思う。」
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そう話す社長の視線に強い決意が感じられた。この場所で、美容室を30年間経営してきた。そして昨年末「解散」を決めた。サロンにいるスタッフ全員で話し合って決めたことだ。
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ある見方をすれば「衰退」かもしれない。
「フリーランスサロンも増えているし…」
「激戦区だから、売上も厳しかったのかな?」
「スタッフ育成ができなかったのかな?」
「多店舗展開とか、できなかったのかな?」
「結局、組織運営がうまくいかなかったの?」
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失礼を承知で書くが、そういう解釈もあるし、実際にそういう部分もあったのかもしれない。しかしこの地域でサロン経営を30年間続けてきたことはやはり素晴らしいことである。人生の先輩として、美容業界で活躍されている方として、本当に尊敬に値する。
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様々なことを経て、今がある。そして、たどり着いた「美容師としてとことんやってみる。」ということ。最大限のサービスを、最大限の力で、最大限の環境で。もちろん、そのサービスに値する価格になるであろう。
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数字で言えば、客単価¥20,000以上へ!いや、まだまだ「価値」を高めていきたい!
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組織を運営していると、自分だけが突っ走るわけにはいかない。押し付けてはいけない。周りのスタッフとのバランスも考えなくてはいけない。強制しすぎてもいけない。耐えることの連続だろう。やらなければいけないことと、強制できないことと、自分の想いなど、バランスを取りながら30年間を過ごしてきたはずだ。
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実は、私はこちらに10年ほどお取引いただいている。なので、大所帯でにぎやかだった頃も知っている。
2012年の夏、ポスレジ分析をしながら勉強会を実施。和気あいあいとした雰囲気で、皆様も積極的に発言されていて元気な明るい雰囲気のサロンだったことを今でも覚えている。
当時、おそらくスタッフ一人当たり生産性は、80万以上だったのではないだろうか?
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しかし、時代も変わった。環境が激変するような大きな出来事もあった。それらがこのサロンに及ぼした影響も大きかったのかもしれない。とある出来事で、ベテランスタッフが一念発起して別の道を歩んだということもあった。
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そして選んだ。いや選ばれた「解散」の決断。
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「年末に色々と考えた。これまでのこと。これからのこと。散々悩んだ。でも、過去のことはもうどうにもならない!だから、前に進むと決めた!死ぬわけじゃない!お客様も応援してくださるんだから!」という社長の言葉。
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ふと私自身の父のことを思い出した。左官・屋根瓦と家に関わる職人一筋。それで私たち家族を支えてくれた。私は大学まで。多いときは3人を雇用。友達の前で「田中工業」と書かれた4tダンプに乗ることを誇らしく思っていた。父は60歳の時も現役で一人で職人として働いていたが、61歳の時に癌で亡くなった。最期に、意識を失いかけた時に出た言葉が「おい!銅板持ってこい。」だったそうだ。最後まで「職人」だったのだろう。
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話をもとに戻そう。
私は、現場の意見を聞くこともあった。ただ、社長と話す時間の方がやはり多い。が、あえて現場スタッフの意見寄りになるなら、こういうことを言うだろう。
「何だかんだ、社長は儲けてるのでは?」
「お金には困らないでしょ~。」
「もう、時代が違うんですから~。」
「色々と押し付けられても・・・」
「私たちも精いっぱいやってるし。」
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経営者としてのリターンはもちろんあるだろう。しかし「経営のリスク」を理解しないと、こういう言葉になる。精いっぱいのレベルも違う。もちろん、私自身いち企業の取締役として、完璧な理解ができているとは言えないが、こういう溝を埋められたら「解散」という未来ではなかったかもしれない。
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その「溝」を埋められなかったことを、きっと社長は振り返ったはず。「組織拡大・維持」の道には進めなかったという見方もあるかもしれない。
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しかし「前進」を選んだ姿に迷いは無い。その目は、きっと美容師として若かりし頃に戻っているのではないだろうか。ここで少しだけ社長の若かりし頃を振り返ろう。
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今から約40年前になるのだろうか?地方から出てきた若者は、ガムシャラに働き続け、ヘアメイク業界で一定の地位を得る。芸能界・ファッション業界など、トレンドの中心で引く手あまたの活躍。バブル全盛の頃にはきっと私たちが想像できないようなお金も動いただろう。一度、当時の写真を見せていただいたことがあるが、道を歩いていたら振り返ってしまいそうなイケメン。褐色の肌が、さらにその精悍さを引き立たせる。私は当時のことを知らないので、そういう過去を気にも留めていなかったのだが、他のサロンオーナーから「あの人のところに出入りしているの?」と、驚きの声が上がることもあるほどだ。
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そこから経営者となり、多くの経験を経て時は流れた。そして今、いち美容師に戻ったのだ。そして社長はこう言った。
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「この原宿の40坪のサロンで、一緒にやってくれる人がもう一人いる。どうせなら、贅沢な空間で、自分ができる全力をお客様にぶつけてみる!そんな『やりたいこと』を、今からやってみるのもいいんじゃないかと思っているよ。今も、技術と提案には自信をもって取り組んでいるし、縮毛矯正やヘアケアにも独自性を持っているからね。それを、もっと高い価値となるように提供して、お客様に喜んでもらいたいね。」
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おこがましいが、応援する。その「挑戦」を。
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というわけで具体的なことは未定ですが、4月から上記の「原宿駅徒歩3分の40坪のサロン」で、フリーランスとして一緒に働きたいという方を募集中です。こちらの社長の「熱意」に共感・賛同できる方なら誰でも歓迎しますとのこと。
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「結局、フリーランス美容師の募集かよ~。」という声も聞こえてきそうです。しかし、ただのフリーランスサロンでは終わらないはずだ。今や、青山・表参道・原宿の周辺では、フリーランスサロンが乱立しています。最近オープンした
GO TODAY シェアサロンも、大きな話題になっています。
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その中で「美容師としての価値を高め、その高い価値をお客様に提供し、喜んでいただける。そして自身も成長し、次のステージに進める。」そんなサロンになるのではないでしょうか。
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ご興味ある方、個別にお問い合わせください。
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とある一軒のサロン様のためだけに、こういう求人に関わる記事を書くのは少々悩みました。しかし12年前の30歳。まだ私が東京に来て間もないころ、弊社の知名度も何もない頃からお取引きいただき、二世代に渡って弊社製品をご利用いただいたことへの感謝を込めて書きました。
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このブログが、少しでも「60歳の挑戦!」のお役に立てればと思います。